Linux Kernel では現状、Windows11 の Intel Thread Director のような Intel EHFI (Enhanced Hardware Feedback Interface) を活用したハイブリッドアーキテクチャ向けのスケジューリングは実装されていない。1
しかし、Alder Lake 等のハイブリッドアーキテクチャに特化はしていないが、Alder Lake が性能向上の恩恵を受けられるスケジューリングの改善は行われている。
P-Core, E-Core, P-Core (SMT)
スケジューリングの改善は主に P-Core, P-Core (SMT), E-Core の各優先度の修正に向いている。
Intel のソフトウェアエンジニアである Ricardo Neri 氏、Len Brown 氏、Peter Zijlstra 氏らによって作成されたパッチが 2021/04/05 に、メインラインに取り込まれた v5 リビジョンは 2021/09/11 に投稿されている。
Alder Lake のような P-Core, P-Core (SMT), E-Core のような 3種類のトポロジが存在する CPU では、最初に P-Core、次に E-Core、それから P-Core (SMT) の順にトポロジを選択、タスクを割り当てることがほとんどの場合で有益だとパッチ内でコメントされている。
=== Problem statement === ++ Load balancing ++ When using asymmetric packing, there exists CPU topologies with three priority levels in which only a subset of the physical cores support SMT. An instance of such topology is Intel Alderlake, a hybrid processor with a mixture of Intel Core (with support for SMT) and Intel Atom CPUs. On Alderlake, it is almost always beneficial to spread work by picking first the Core CPUs, then the Atoms and at last the SMT siblings.
Alder Lake では P-Core (Golden Cove) は SMT (Hyper-Threading) をサポートし 1-Core/2-Thread の構成だが、E-Core (Gracemont) は SMT をサポートせず 1-Core/1-Thread の構成となっている。
パッチ以前では、すでに P-Core に負荷が掛かっている状態であっても、E-Core ではなく P-Core のもう片方のスレッド、P-Core (SMT) をロードバランサーが選択してしまう状態だった。
自分の推測と想像が入るが、Intel CPU では CPU (APIC ID) の並びが各 P-Core とその P-Core (SMT)、その後に E-Core が続くという順になっているため、ロードバランサーがそのような動作になっていたのではないかと思われる。
一連のパッチでは、同 P-Core 内の両スレッドの状態をチェックし、それを基に割り当て先を決定するように動作を修正している。
パッチによって、P-Core (SMT) より E-Core が優先度の低い設定であっても、P-Core がビジー状態にある場合は E-Core が使われるようになる。
自分は Alder Lake 環境を持っていないため検証できていないが、gihyo.jp で公開されている柴田充也 (しばたみつや) 氏の記事によれば、パッチ内でコメントされていたような P-Core, E-Core, P-Core (SMT) の順でタスクが割り当てられている。2
その後、2022/08/25 に補完的なパッチが Ricardo Neri 氏、Len Brown 氏によって投稿されている。
一部の Intel CPU は、パッケージ内のいくつかのコアが通常の Boost Clock を超えて動作する Intel Turbo Boost Max Technology 3.0 (ITMT) をサポートしている。
Linux Kernel のスケジューラーには、ITMT が有効化されているコアの優先度を高くすることで性能を向上させる機能が実装されている。
だが、そうした ITMT が有効化されたコアの SMT側に低い優先度を割り当てるようにしていたため、状況によっては同コア内で不要なタスク移行が発生していたとパッチ内で Ricardo Neri 氏はコメントしている。
パッチ (2022/08/25) では、不要なタスク移行を防ぐための修正と、先のパッチ (2021/09/11) で同コア内の両スレッドの状態を確認するようになったことで不要になった部分の削除が行われている。
Intel Thread Director が実装された Windows11 (/Pro) と各種 Linux ディストリビューションにおける Alder Lake の性能比較を Phoronix の Michael Larabel 氏が行っている。
2021/11/12 に公開された検証記事では、104個のテスト中 47個 (45.2%) で Windows11 が最速という結果だったが3、2022/07/08 の検証記事では Windows11 Pro が最速という結果になったのは 103個のテスト中 16個 (15.5%) となっている4。
また、2021/11/12 の検証記事で Windows11 (/Pro) がテストにおいて最遅になったのは 104個中 24個 (23.1%)、2022/07/08 の検証記事では 103個中 74個 (71.8%) になっており、Linux ディストリビューション全体で Alder Lake の性能が向上している。
2022/07/08 の検証では、先のパッチ (2021/09/11) が適用され、パッチによって以前の E-Core が使われずに P-Core に負荷が集中する状況が修正されたことが性能に良い影響を与えたと考えられる。
Intel Thread Director に近い機能が実装されていない Linux ディストリビューションの方が全体的に性能が高いという結果になったが、OS 自体の特性、実行されたテストのほとんどがレンダリングやエンコードといったクリエイティブ系ということもあり、Windows11 (/Pro) では Intel Thread Director の効果があまり発揮できなかった可能性がある。
Intel Thread Director はコアの状況やスレッドの種類に応じて適切なスケジューリングを行うことで、性能と電力効率と上げる機能であり、複数の種類のスレッドが動作するアプリケーション、アプリケーションが複数立ち上がっている状況において効果が発揮できると考えられる。